例年この時期になると春の「青春18きっぷ」が発売される。
この切符はJR各社共通で5日間普通列車が乗り放題というものである。

今から30年以上も前、中学の夏休み。
「こんな切符があるよ!」と半ば興奮気味に切符を購入し
鉄道好きの友人と一週間の鈍行列車の旅をした。
東京発大垣行き、新宿発長野行き・・
まだ多くの夜行鈍行列車がある時代だった。
そう考えると意外と長い歴史のある切符なのだ。

その名称と発売期間から考えても元々は学生をターゲットにした切符だったのだろう。
まだ世間にこの切符の存在が浸透していない頃は18歳のみ、
もしくは18歳までの人しか使えないと思われていたこともあったが、
当初から年齢による使用制限はなかった。大人ももちろん使える。
そんな切符が春、夏、冬と年3回発売される。

この切符が発売される時期になると、仕事を放擲してどうにも旅立ちたくなってしまう。
山口百恵のヒット曲「いい日 旅立ち」が頭のなかで鳴りはじめる。

ああ、日本のどこかに 私を待ってる人がいる・・・


鉄道の旅は情緒がある。
日本っていいところだなあ。しみじみ思う。
この切符の使い方は様々だ。
目的地が遠方の場合、往復は飛行機、新幹線或いはフェリーを利用して、
到着した先で鈍行列車の旅をするのもいい。

日本全国の鈍行列車に乗ることができるのだが、
僕はとりわけ東北を旅することが多かった。
東北はいい。日本の原風景を思わせる景色。人の温かさ。車窓に映る光の色合い。
うまく説明はできないのだが心にフィットするのだ。
鉄路を北へ向かって進んでいくのは、なんとも旅情を掻き立てられる。
行く先々でたいがいいい温泉があることも嬉しい。

上野から一旦、高崎線、上越線を使って北上し新潟県小出駅で降りる。
乗り換えるは只見線。
全通する列車は一日にたった三本という横綱級のローカル線だ。
小出から福島県会津若松までの135.2kmを5時間以上かけ、ゆっくりゆっくりと進む。
日本の鉄道ではこの路線が一番好きかもしれない。
四季折々の自然の豊かさを車窓に映し出してくれる。
冬ともなると沿線は2メートルを超える積雪に見舞われる。
そんななか列車はカラコロとディーゼル音を轟かせながら
粘り強く山のなかを分け入って行く。

あるとき無人駅で買い物かごに小さな黄色い花束を入れたおばあちゃんが
下車した。
列車は上り下り交換のためしばらく停車していたのだが、
ゆっくりゆっくりおばあちゃんがひとり駅から遠ざかって行く。
深い雪に覆われた白一面の世界に黄色い花がポツンと浮かんだように見える。
あまりの美しさに息を呑んだ。
映画でも観ているのだろうか。まるで夢を見ているようだった。

真冬の花輪線では猛吹雪に見舞われたこともある。
前方の窓から外を眺めていると線路はとっくに雪で覆われてしまい、
何もない真っ白な雪面を列車が進んでいく様は少し不思議な感じがした。
雪国の鉄道は逞しい。
車両前面下部の排障器の下には雪除けが装備されていて
ちょっとやそっとのことでは運休などしない。
雪が降るとここぞとばかり運休したり間引き運転をする
首都圏のJR東日本と同じ会社とは思えないほどだ。

「雪が多いため、一度バックをして勢いをつけて進みます」
車内にこんなアナウンスが流れた時は度肝を抜かれてしまった。
これぞプロの鉄道マン。
ゴリゴリと音を立て進む列車はオフロードを走る4WDのようにも思えた。

北国に生息する針葉樹林に雪が積もるととても綺麗だ。
川の石や灯篭の上に丸く雪が積もっていたり、狐や鹿などの足跡が一直線に伸びていたり。
そんな風景を眺めているのが楽しかった。

思い返してみると社会科の地図帳や当時交通公社が発行していた分厚い時刻表を眺めているのが
好きな子供だった。
学生時代を経て、いい歳になった今でも何ら変わってはいない。

只見線の福島県側の終着は会津若松駅。
会津若松で磐越西線に乗り換え郡山駅へ。
郡山からは東北本線を乗り継ぎながら南下すれば上野駅にたどり着く。

上野ー小出ー会津若松ー郡山ー上野。
このルートであれば只見線の絶景を楽しめる日帰りの旅が十分可能だ。
ただし残念ながら2011年7月に発生した新潟・福島豪雨によって橋梁が流出してしまい
只見駅ー会津川口駅間で未だに復旧の目処が立っていない。
この区間は代行バスによる輸送が行われているようだ。

先にも書いたとおり只見線は横綱級のローカル線であり、
100円を儲けるのに数千円がかかるという事をもう何十年も前から言われている。
そんな路線がなぜ今まで存続してきたのかといえば、
沿線はあまりの豪雪地帯であるため冬季は並行する国道が通行止めになってしまうためだった。
1日に全通する列車が3往復であっても区間運転は数本あり、
沿線住民にとっては重要な足であることは間違いない。

豪雨災害から間もなく5年が経とうとしているのに復旧の工事さえ止まっている事を
知らされると暗澹たる気分になる。
今のJR東日本を見ていると、もうこの路線を復旧させるつもりはないのではないかと危惧している。
さらに言えばこの会社は新幹線と大都市圏の通勤列車区間以外からは
もう手を引きたいと思っているのが本音なのであろう。

2002年末の東北新幹線、盛岡ー八戸間開通以来、新幹線の並行区間となる在来線を
政府はJRの経営撤退を認めてしまった。
東北の大幹線である東北本線が分断されてしまったときはにわかに信じられなかった。
これ以降、新幹線の開業により在来線は区間によっては第三セクターに移管され、
運賃も上がり地元の人も使いづらくなったのではないかと思う。
新幹線と並行する第三セクターに移管された区間はJRではないため
青春18きっぷは利用できず、別途切符を購入することになる。

少し寂しい話になってしまったが、それでも青春18きっぷは依然として魅力のある切符だ。
この切符をポケットに入れて、また旅に出たい。

先日、東京からは桜の便りが届いた。

只見線、磐越線、陸羽西線、花輪線、山田線、奥羽本線、東北本線・・・
僕は少し遅めに春がやってくる東北を旅したい。




風太