旅立ちはいつも成田から

日々のこと、今までの旅、これからの旅。

2014年12月

松田聖子

大晦日はお家で紅白歌合戦が一番!

そして、
歌謡曲は最高だ。

そう再認識させられるきっかけがあった。


松田聖子のカウントダウンコンサート。


数年前、職場の先輩から誘われたのだ。

「松田聖子っすか・・?」
うーん。

「騙されたと思ってさ。一度行ってみるといいよ。」


本当は怖かったのだ。

これに行ってしまったら、
自分の中の何かが崩れてしまいそうで。

本当は松田聖子が好きだった。
レコードも買っていた。


中学生くらいの頃からヴォーカルのない、
いわゆるインストゥルメンタル音楽にのめり込むようになった。
習っていたエレクトーンやピアノの先生の影響もあるかもしれない。

ジャズやフュージョンが好きになり、
ヴォーカルものは全く聴かなくなっていた時期もあった。

最初の会社でジャズのCDバイヤーなんてやっていたから、
「好きなアーティストは」と尋かれて
「松田聖子です。」
とはなかなか言えなかった。

いつの間にか、歌謡曲が好きな自分に蓋をしてしまっていた。


カッコつけていた。
バカだった。


6人で行った松田聖子カウントダウンコンサート。
内心僕が一番はしゃいでいたかも知れない。

めちゃくちゃ楽しかった。

最近の曲は序盤に4、5曲ちゃちゃっと演って、
あとは往年の大ヒットレパートリーを惜しげもなく、
もうこれでもかこれでもかと繰り出す。
こういうところが松田聖子の偉大なところだ。


もうどうなってもいい。

赤いスイートピーを一緒に歌っていた時、
不覚にも涙が溢れてきてしまった。
自分でも驚いた。

この曲が街に流れていたころの思い出が走馬灯のように
頭の中を廻りはじめた。


時代を照らし、人の心にそっと寄り添う歌謡曲の儚さって・・
美しいな。そして優しい。
心底思ったのだった。


広い東京体育館は観客で埋め尽くされている。

松田聖子だってもう結構なお歳(ごめんなさい)だと思うのだけれど、
歌って踊ってたっぷり3時間以上のステージをこなすなんて、
並大抵のことではない。


YouTubeなどを見ていて思う。
アイドル全盛の’80年代、
当時から松田聖子と中森明菜は突出していた、とは思う。

しかしながら、
当時のその他のアイドル達もみんな上手い。
河合奈保子も早見優も堀ちえみも柏原芳恵も原田知世もみんな。


イヤホーンモニターなんて無かった時代。
ましてや、バックで本物のビッグバンドが鳴っているのだ。

音程、タイミングのとりかたは
今と比べようのないくらい難しかったはずだ。

きっと見えないところで、
血の滲むような歌い込みをしていたのだろう。
そしてこの時代の曲、みんないい曲なのだ。
本当に。


赤いスイートピー
瞳はダイアモンド

シングルA面の曲ではこの2曲がとりわけ好きだった。

ヒットを命題にされたA面に持ってくる曲として、
歌詞、メロディ、コード進行、構成
非の打ち所がない完璧なクオリティ。

曲を提供した松任谷由実も本当に素晴らしい。
松田聖子が曲に熱い命を注いだ。


一番聴く曲は何だろう・・

「真冬の恋人たち」だろうか。
大村雅朗、珠玉のメロディ。

「セイシェルの夕陽」も好きだ。


今、若い人たちが
「どうしてそんな古い曲知ってるの?」
と思うような曲を歌っていたりする。

とても嬉しい。
いい時代になったと思う。

30年前にYouTubeがあれば・・



歳を重ねていくことで
悪くないなと思うことのひとつは、
格好つけなくなること。

いや、格好つけてもちっとも格好良くなかったのだが。
いや、そもそも格好つける必要など全くなかったのだが。
大バカだ。
本当に笑える。


紅白歌合戦では松田聖子が大トリを務めるという。



僕は松田聖子が大好きです。




風太













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年末の雰囲気が好き

一年中、楽しい行事はたくさんあるけれど、
12月後半あたりから年が明けるまでの年末の雰囲気が
どうにも好きだ。

1年で一番好きな時期と言っていいかもしれない。

子供の頃からいい歳をした大人になった今までずっと。

「忙しい忙しい」なーんて口では言いながら、
心の奥底ではウキウキが抑えられない。

こういったときは断然下町だ。
アメ横、谷中、浅草、砂町商店街・・
年末の慌ただしさを実感しに街へと繰り出したくなる。


大晦日。
子供の頃は、家族揃って紅白歌合戦を見ることが当然の楽しみだったのに、
いつの頃からか格好つけて
「紅白なんてダサい!」
とか何とか言っちゃって、意地でも裏番組を見たり、
そのうち、大晦日は外で過ごすのが当たり前のようになった。

でも今は、お家で紅白歌合戦が一番なのだ。
歳だなあ(笑)

何人かでテレビを前にして
出演者の歌唱力に改めて驚いたり、
「あの衣装はないだろ」
とか、たわいもない事を言いながら見るのがなんとも楽しい。

これでもかと紙吹雪が舞う中、北島三郎の熱唱。
紙が鼻の穴を塞いでしまわないか真面目にハラハラする・・
あの紙吹雪の量は尋常じゃない。
美術さんも何かここぞとばかりやっているような気がする。

これを見ないと年を越せないとまで思っていたのに、
もう今年から見られないなんて、悲しすぎる。

美川憲一が出ていた枠は
どうも美輪明宏が確実なものにしつつあるような気がする。
どうなのだろう。

数年前、初めて矢沢永吉が出場した時。
「時間よ止まれ」のイントロにのりながら舞台裏から歩いてきて、
ステージで歌い始めたときは鳥肌が立った。
一瞬にして周りの空気が変わった。

スペシャルな人ってこういう人を言うんだな・・

改めて感じさせてくれる一幕だった。

紅白からお呼びがかかって、出場しない歌手もいる。
それはそれで本人のポリシーなり美学などがあるのだろう。

喜んで出場する歌手は素直で素敵だ。
そして、自分にはちょっと違うかな、というステージであっても
敢えて出場して自分を表現できる人って素敵だと思う。

もし自分が歌手だったら・・
出たいなあ・・(笑)
余興でもいいから(ある意味こちらの方が難しい)。


年末の雰囲気はこの寒さがいい、というのもあるのかも知れない。
コートの襟を立てながら、街を歩くのはいいものですね。


今日、那覇に帰ってきた。

師走と言うが、沖縄はいつもののんびりムード。
師匠もそうでない人も走らない。
それでも、市場は年の瀬らしい賑わいだった。

いつもよりちょっと暖かな年越し。

大晦日は波の上ビーチに朝まで夜店が立つという・・


にぎやかで楽しいこの年末の雰囲気。
あと5日ほど。


今年も残り僅かですね。




風太














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踊ろよ、フィッシュ‼︎

♫ お〜ど〜ろう〜フィッシュ!!
す〜てきにフィッシュ!

自動車のTVCMから、なつかしい曲がながれてきた。

うれしいなぁ
なつかしい。

山下達郎さんの「踊ろよフィッシュ!」


まだ高校生だった。
沖縄だか、与論島だったか忘れてしまったけれど、
航空会社のTVCMで、この印象的なメロディーが
ながれてきたのだ。

碧い海、白い砂浜、熱い太陽。
これぞリゾート!
な映像に一瞬にして引き込まれ、
真夏の海岸に飛び込んだようだった。

何とまだアナログレコードで発売されていた時代。
真ん中に大きな穴の開いたEP盤。
お小遣いを握りしめていそいそと
レコード屋に買いに行った。

それにしても27年も前に発売されたというのに
この曲の色褪せない魅力といったら・・

カタパルトなんて言葉知らなかったので、
辞書で調べた記憶がある。

土岐英史さんの艶やかなアルトサックスの虜になった。

素晴らしいミュージシャンが
素晴らしいミュージシャンを起用して
丁寧に録音する。
王道の方法。

いい時代だったんだなぁ。

何もわからないガキだったけれど、
何か時代がキラキラ輝いていたことは感じていたような気がする。

てっきり夏の曲だと思っていたけれど、
クリスマスの頃に聴くのもいいものですね。

踊ろよ、フィッシュ‼︎

にぎやかで楽しいこの年末の雰囲気。
あと10日ほど。

ずっと続けばいいのに(笑)


風太









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ナンシー関のいた17年

以前にここで渋谷PARCOで開催された
ナンシー関展のことを書いた。

そして一昨日、NHKBS放送でナンシー関の人生を描いた
ドラマを見た。

12年前、FMから流れてきた彼女の訃報のニュースを聞いて
喪失感に打ちのめされたが、
その喪失感が今なおずっと続いている。

時代を斬る人がいない。
全然いなくなってしまった。

ナンシー関を信頼していたのは、
絶対に自分を良く見せないことと、
テレビには出てこなかったこと。

難しいことだと思う。

活字の世界だけでも人間自分を飾ってしまいがちなのに。

プロはそういうものだと言われてしまえばそれまでだが、
元来の神経の図太さがあったならまだしも、
案の定、律儀で真面目で人に愛情をいっぱい捧げられる人が、
色々な気持ちを抱えながら書いていたという事実が
見ていて辛かった。

いや、心がどす黒い人間は
ナンシー関のような文章は絶対に書かない。
いつでも感謝、ていねいに生きてます、
そんな自分ってとーっても素敵でしょ・・
的な文章をしゃーしゃーと書く。
自分がどす黒い人間だから分かる。

昔、音楽のことを書いていたころ、
ナンシー関の文章を読んで、
こてんぱんに打ちのめされた。

短い文章で簡潔に誰にでも分かる言葉で
読み手を納得させる。
きついことだと思う。

大したことないことを難しく書く人はたくさんいるけれど。

ナンシー関。

何かを手放した人の覚悟。強さ。
最高にかっこよかった。

ドラマを見て泣きはしなかったが、
今、本人が目の前に現れたら間違いなく取り乱すだろう。
会ったこともないけれど。

無様な格好ででも、

「ありがとうございました」

と言えたらいいなと思う。




風太













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トイレットペーパーと

いよいよ冬本番ですね。

仕事でクリスマスの頃まで千葉。
寒い時期に沖縄にいないと移住した意味がない気もします。


今日は用事で浅草橋に行きました。

駅前のドラッグストアーにふらりと立ち寄ると、
トイレットペーパーの特売が。

18ロールで300円。

18ロール?
12ロールというのはよく見るけれど、18ロール。
300円。

安いんでないかい?
安いですよね?

本日限り。お一人様一点までときたもんだ。

今日はラッキーだな。
いい気分でお買い上げした後、しまったと思った。


これから電車に乗って帰らなくてはいけなかった。

トイレットペーパーなんて、袋には入れてもらえない。
むき出しのままだ。


人は誰も自分のことなど見ていないのだろうし、
総武線なんて東急東横線などと違って、ちっともお洒落じゃないし

とは思いつつ。

総武線とは不思議な電車で、帰りの混んでいる時間帯でも
なぜか座席がぽっかり空いていることがよくある。


トイレットペーパーをさっさと網棚に上げてしまえばよかったものを
いつもの癖で膝の上に乗せて、ぽっかりと空いていた席に座ってしまった。


いや、これはやっぱり恥ずかしいです。


「あの人、あのトイレットペーパーでお尻を拭くんだわ・・」

「何だってあの人はあんなにトイレットペーパーを抱えているんだろう。
18ロールも。よっぽど便通のいい人なんだわ・・」

笑われているような気がしてならない。


東急東横線だったら、
駅のトイレにそっと置いてきてしまったかもしれない。


スマホを見る気にも、文庫本を広げる気にもならず
眼を閉じておくことにしたのでした。

そして船橋駅に着くと、そそくさと電車を降りたのでした。


出先での買い物には気をつけましょう・・
こんなヘマをやるのは僕ぐらいか。


風邪が流行っています。
どうぞお気をつけください・・・



風太











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がんばれLCC ②

そしてつい先日もジェットスターを利用して成田に帰って来た。
ほぼ満席の多くの乗客。

この3年間、半ばヤキモキしながら日本でのLCCの動向を
見守ってきた。

日本にもLCCが根付いてくれないと困ると本気で思っていた。

スカイマークに加えエアアジアジャパンと
ジェットスタージャパンが就航し、
成田発着を利用する少ない乗客の取り合いになった時は
もう3社共倒れするのではないかと思った。

ある日、那覇行きで乗客が25人という時があった。
飛行機はエアバスA320 LCC仕様の180人乗りである。

「もうだめだ・・」

健気に働くCAさんたちに申し訳ないような気持ちだった。
乗客25人では、モチベーションも下がるだろう。

初期の頃はカウンターで係員と揉めている場面も見受けられた。
ANAやJALの手厚いサービスに慣れている人達は戸惑っただろう。

でも何とかここを乗り切ってほしいと。
世界で運行されているLCCはこういうものなのだと。

エアアジアジャパンが就航わずか1年で撤退し、
ANA100%子会社のバニラエアが誕生した。
バニラエアも就航当初はかなり苦戦したと思う。
那覇線、札幌線で利用したがやはり空席は多かった。

ところが2013年の冬頃から目に見えて乗客が増えてきた。

東京方面からの安いバスが大幅に増発されているという。
そして、朝6時台の飛行機に合わせて空港での夜明かしも
可能になったと聞いた。

だんだんアジアの空港みたいになってきた。
ドンムアン空港やチャンギ空港で夜明かしをして
旅していた頃を思い出して楽しい気持ちになってきた。

船橋からだと京成の一番列車に乗れば
朝7時台の飛行機に十分間に合う。
成田で夜明かしの必要はないのだが、
ちょっとやってみたくなってしまった。
もう若くはないのだけれど。

ジェットスタージャパンはJALとの共同運航になり、
バニラエアはANAのマイル特典に
利用できるようになった。

今ではどの時間帯に乗ってもコンスタントに
7割位は乗客が乗っている便も多い。
那覇線に関しては平日でも満席に近い便も
多くなってきた。
横3列に男子が並ぶと窮屈ではあるのだが、
シートに身を沈めながら
まずは一安心と胸をなで下ろしている。


先行投資を急いだジェットスタージャパンが
早く黒字化するといいなと願っている。
もちろんバニラエアも応援しているが、
単独奄美線と国際線が好調のようなので
予想より早く黒字化するかもしれない。

そしてスカイマーク。
上記2社はANA、JALの出資だ。
ないとは思うが
「LCCはもう止めた」
と言われる可能性もゼロではない。

エアバスA380解約問題等で厳しい局面ではあるけれど、
ここはひとつ羽田発着でスカイマークにこそ
踏ん張ってほしいと思う。

以前はこの狭い国に90箇所以上も空港があることに疑念を抱いていたが、
最近は少し認識が変わってきた。

LCCのビジネスモデルが日本でも成功するならば、
これらの空港が手軽な運賃で多くの路線で結ばれるならば、
すごいことになるのではないか。

東日本大震災や中越地震のとき、いち早く復活した空港に
人々や物資を運んだ航空機に大きな可能性を感じた。


日本は自然が本当に美しい国。
僕は気軽に飛行機に乗って出掛けたい。

多くの乗客を乗せて那覇空港へのアプローチ。
青く輝く海を見て機内で歓声が上がるとき、
本当に嬉しい気持ちになる。


帰省が盆暮れだけでなくていい。
休みが取れた時に実家のお父さんお母さんに兄妹に
気軽に顔を見せに帰ってほしい。


LCCには色々な可能性が秘められていると思う。

だから僕は今後も本気でLCCを応援していこうと思う。




風太








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がんばれLCC ①

今から3年前。
2011年10月、羽田空港から帰りのバスの中、
半信半疑で携帯を見ていた。

成田ー旭川 3800円??
いくらスカイマークといえども
ゼロがひとつ足りないんじゃないか?

海外でエアアジアやeasyjetなどを利用していたので、
その相場に照らし合わせると、確かに妥当な価格だ。
でも、日本でこの価格を実現できるのだろうか。

予約を入れてみると、本当に3800円だった。
僕は心の中で狂喜乱舞した。


早朝に成田空港に行ってみると、気の毒になるほど、
客は少なかった。
ざっくり数えたのだが、177人乗りの飛行機に
50人も乗っていなかった。

まだ、認知されていないのだろう。
いづれ満席で席が取れなくなるのだろう・・


仕事が休みの日、毎週のように成田→旭川 新千歳→成田を
ループするようになった。
北海道の景色が気軽に見られるようになって嬉しかった。

ところが何度乗っても、飛行機はガラガラなのだ。

「残念だけれど、これは続かないな…」


そのうち12月に成田那覇線が開設された。
再び狂喜乱舞したのだが、定着するのか
心配だった。
スカイマークは本気なのだろうか。

今度は毎週のように沖縄通いが始まった。
たいていが5800円、時々3800円のチケットが取れた。

さすがに那覇線は旭川線よりも客は多かったが、
それでも満席には程遠いものだった。

普通、飛行機が空いていると嬉しいものだが、
客がすこしでも多いとホッとするという、
少々複雑な心境で搭乗することが続いた。

のちにエアアジアやジェットスターが就航するが、
LCCの進出が遅れた日本のマーケットの
難しさを思い知ることになる。

那覇線も一向に搭乗率が上がらなかった。

思ったことは3つ。

都内に住む人にとって成田はいかにも遠いということ。
僕が千葉で拠点にしている船橋は
羽田と成田のちょうど中間地点。
しかし地図で見ると、それでもまだ羽田のほうが若干近い。

次に日本人はやっぱり金持ちなんだなということ。
羽田発着の価格が4、5倍くらい高くても躊躇なく払う。

そして世間一般では休日に実はあまり気軽に
旅行をしないのではないか、ということだった。
ただ、このことに関してはLCCが定着してきた今、
ずいぶん変わってきたと思う。

以前はスターアライアンス系の航空会社を中心に利用していて、
上級会員にもなってしまったが、
最近国内線は9割がた成田発着のLCCを利用している。
僕にとっては必要十分なのだ。

今では銀座や東京まで1000円のバスが運行されていて、
千葉に住んでいる人よりも便利なのではないかと
思うこともある。

このLCCの就航が沖縄に拠点を持つ、
大きな後押しになった・・



風太








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Real property leasing 。沖縄県那覇市へ移住。旅が好きで約30カ国を訪問。トルコ、スペイン、モロッコ、ペルー、ブラジル、タイ、ネパールが特に好きになりました。 10年以上前に音楽ライターをやっていましたが、今後はジャンルにとらわれず色々と書いていきたいと思います。よろしくお願い致します。
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